松田 美緒のオフィシャル・ブログ MIO MATSUDA's official blog
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韓国ツアー記 その2
全州(チョンジュ)

さて、康津郡庁を後にして、マイクロバスで、3時間の旅ののち、全州へ到着しました。

ちょっと歴史のこと。
全州は、三韓時代は百済の完山とよばれ、後三国時代は百済の都となったで、高い文化を誇った町です。日本列島へは古くから百済を通して大陸・半島の先進文化が伝わり、特に切っても切れない関係のあるところです。

ちなみに、以前、663年、白村江の戦いで百済が滅亡した時に日本へ亡命してきた武官、鬼室集斯の里(滋賀県・蒲生)へ行ったことがあります。国が滅び悲痛な思いで日本に渡来してきた人たちは、その高い技術や知識で日本列島の様々な土地の発展に寄与しながら、万葉の里に故郷の面影を求めたことでしょう。

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で、着いたとたん、昼食です。しかも、お店の名前は「三国時代」。大きな建物に三韓あり。
一階はバブリーな新羅、ゴルフ場。2階は百済食堂。3階は高句麗食堂。高句麗は夜しかやっていないのか、滅んでしまったのか、真っ暗でした。

私たちは、もちろん百済へ。
さすが百済・全州、しかも食の都だというだけあって、豪華な「百済定食」が出てきました。
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武田さんが斬ってくれてますのは、タコー!
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安くて美味しくて豪華です。
メシの話はこのくらいにして、コンサート会場へ。

会場は、「ソリ(音)の殿堂」とよばれる、パンソリなどの伝統音楽が演奏される由緒正しい文化施設です。
巨大な敷地に複数のコンサートホールが並ぶ美しいところでした。もっと滞在ができたら、伝統音楽の舞台を見たかったな!

この日は、テレビとラジオの収録がコンサートの前にありました。
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全州テレビで今回の公演や日本と韓国の音楽について、いろいろなお話をしました。
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コンサートは初めからものすごい熱気で、さすが音の殿堂、お客さんの反応が深く熱かった!

今回、韓国ツアーのために覚えたもう1曲の歌は、「朝露」(アチミスル)。
この歌は金敏基(キム・ミンギ)さん作詞作曲・歌手の楊姫銀(ヤン・ヒウン)さんが歌い、1980年代、発禁処分となりながらも、軍事政権のさなかに歌い継がれた、時代を代表する歌です。

思えば、百済滅亡以来(本当にそんなに古くから)全羅道には抵抗の歴史があります。全州がある全羅北道の町、光州で、1980年に民主化を求める学生、市民を韓国の軍隊が制圧するという歴史的な悲劇が起こりました。
また、光州では1920年代、日本占領時代に大規模な独立運動が起こるなど、全羅道は歴史の波にもまれながらも、それに挑んできた土地なのです。

「朝露」

長い夜が明け 草葉に宿る
真珠より美しい 朝露のように
心に悲しみが 宿るとき
朝の丘に登り ちょっと微笑んでみる
太陽は墓地の上に 赤く照り
真昼の暑さは 私の試練か
私は行こう 荒れ果てた広野へ
悲しみ すべて 捨てて 私は行こう

「朝露」を初めて聴いた時、ギリシャの軍事政権時代、人々によって歌われていた歌「アコーディオン」を思い出しました。エーゲ海の青を思い起こさせるおおらかな旋律に、ファシズムを許さない断固とした意志が込められている歌です。
「朝露」も深い悲しみを昇華させて、心の奥底から生きる力を呼び覚ます、美しく凛とした歌です。
 今回、こんな韓国の現代のイコンのような歌を歌うことになったので、心を強く込めて歌ってきました。

 全州ラジオでは、インタビューと公演の一部が放送されました。電波に普通乗らない日本語の歌を、許可を取って流してくださったそうです。放送されたブラジル日系人の「移民節」(イミンという発音は同じ。)やヴィラ・ロボスの「田舎の列車」は、イメージがぴったりの演目だったと思います。
 また、キリスト教徒が多い韓国で、しかも日本の隠れキリシタンと同じような歴史がある全羅道で「こびとのうた」はとても深い反響がありました。

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出張先の光州から駆けつけてくださった国際交流基金の小島所長も一緒に。

康津、全州と怒濤の二日間のあとの打ち上げは、サムギョプサル。肉厚い!ブラジル人の映像作家ホベルトも来てくれました。
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翌日は、移動日。午前中は観光。全州の伝統的家屋が並ぶ地区へ。
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韓紙の工場へ。鮮やかな色がならぶ。
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李氏朝鮮の開祖、李成桂(一族は全州出身)を祀る廟の前で衛兵交代。すっかり観光客です、ハイ。

そして、武田さんに「全州にきたら絶対に食べていただきます」と言われていたビビンバプ。日本でもおなじみのビビンバプは、全州で生まれたそうなのです。具が多い、多い。本当に美味しかった!
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「ビビンバプ、チェゴヤ〜(最高よ〜)」

と、このような観光へもしっかり連れてっていただき、全州を満喫したあと、そのままソウルへ。
それぞれが高速のインターで身体にいい飲み物を買いました。
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亮さん、朝鮮人参根っこ入り約300円。
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鶴来さん、米の飲み物シッケ。
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私も人参。疲れた身体に効きます!

つづく。
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by miomatsuda | 2013-08-22 19:57 | ◆日々雑感/Notes | Comments(0)
韓国ツアー記 その1
7月に約2週間、国際交流基金ソウル日本文化センターのお招きで、韓国へ行ってきました。
韓国のお友達はたくさんいたし、お隣の国なのに、韓国へ行くのは15年ぶり。歌うのはもちろん初めてです。

それまでの何ヶ月か、ソウルの基金担当・武田さん&辛さんと入念にやりとりして、歌う曲を決めて、韓国語の歌を覚えて、韓国語の先生もご紹介いただいて、もちろん鶴来さん&亮さんとのトリオでのリハーサルも入念に、準備して参りました。

そして、ツアーは、大成功でした・・・!!
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訪れた先で本当に熱くもてなしていただきました。韓国のお客さんは本当にノリがいい!今回、「日本のうた」トリオとしては初めての海外公演でしたが、どんな言葉で歌っても、しっかりと歌の内容をうけとめてくださいました。

そんな韓国ツアーの様子を報告します。

康津

初日の康津(カンジン)は、全羅南道の南にある小さな郡。ものすごい田舎とお聞きしてみたのが、行ってみると、高麗王朝の最も重要な陶磁器の釜があった里でした。(毎年、陶磁器フェスティバルが開かれています)
岩山と青く茂った水田、美しい天然の干潟、ふっと古代にタイムスリップしそうな場所でした。

大きな干潟の海にかかる「揺れ橋」にて
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宿泊先は山の中のおうち、一人一軒!ワンコもきた。
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コンサート前夜、今回の公演の立役者、康津郡の副郡主が、美しい伝統的なお屋敷で宴を開いてくださいました。副郡主は、ちょうどツアー前に日本の政治家の発言問題など紆余曲折があったのに関わらず「こんな時だからこそ日韓友好のため公演をして、成功させよう」と、熱烈に取り組んでくださった御仁です。
いらっしゃった皆さんは、九州の親戚みたいな、なんだか懐かしい熱い方達ばかり。お料理もマッコリもお話も皆さんも最高に素敵でした。
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美しい青磁の器をメンバー皆にプレゼントしていただきました。
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翌日のお昼は、またまた趣ある伝統的な館、四宣斎。
李王朝時代の偉大なる学者でカトリック教徒であったため、中央からこの地へと左遷され、18年間この地で暮らした丁若鏞(ジョン・ヤギョン)にゆかりある家です。彼はこの康津の地で、600冊の本を書き、学問を完成させたといわれます。彼が滞在したことで、都の貴族の食事が伝わり、地元の料理が洗練されていったそうです。
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 海藻チヂミ!

コンサート会場は小さな町なのに、700席以上ある立派な康津アートホール。
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通訳の田さんとお話を入れながら、進行。韓国の歌をうたうと、やはりとても盛り上がりました。

今回、康津の方からぜひ歌ってほしいとリクエストされていた「モランドンベク」という歌は、康津の郡の花である牡丹と椿が詩のなかにあらわれる、とてもよい歌です。

 椿はもう散ってしまったけれど 高野に雪が降れば
 優しい顔の椿娘が 夢の中で微笑むよ 
 この世は風吹き はかないところ 
 私は とある海を さまよう さまよう
 どこかの砂浜で さみしく さみしく 眠りについても 
 もう一度椿が咲くまで 私を忘れないでくれ
 (2番の歌詞の訳)

寅さんの歌、と呼んでしまうほど、流浪の心を歌う歌です。く〜。

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(終演後に、サイコーなお坊さんたちと)

そして、翌朝。郡庁へ寄るために、一行は少し早めに出発。

なんと、康津郡の広報大使に任命されてしまったのです!
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郡主より、ありがたき任命状をいただき、これからこの康津の素晴らしさを世に伝えるため、「モランドンベク」を歌い、広報をしましょう、と決意。

もうすっかり親しみ深い皆さんにお礼とお別れを言って、全州へと出発したのでした。
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そして・・・。
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その時の写真と新聞記事が印刷された立派なアルバムが3日程前に、康津郡から届きました。
感動が蘇りました。
もうすでに、とても懐かしいところ&人々です。
広報大使として、また行かなくてはいけませんね。

続く。
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by miomatsuda | 2013-08-15 00:24 | ◆旅日記/Traveler's note | Comments(0)