松田 美緒のオフィシャル・ブログ MIO MATSUDA's official blog
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<   2009年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

"Apaixonada pela vida" 
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 "Estou apaixonada pela vida !! "

 なんてすてきな言葉。「生きることに夢中なの」「人生に夢中なの」と訳せばいいのかな。もう10年来になる大好きな友人で、バイーア100%のヴィヴィーナがこう言っていたのを思い出して、笑みがこぼれた。
 映画「ヴィニシウス」を先週観に行った時のこと。ブラジルの詩人の人生と歌と愛のストーリーに、何度も涙した。シコやマリア・ベターニア、トッキーニョ、ゲストがみんないいこと言ってるんだ、これが。

 あらためて、ヴィニシウスの偉大さを痛感した。宇宙空間や神様の領域にある偉大さ。その愛は、人類を包み込む大きさ。
" Viver sem ter amor nao e' viver"「愛がない人生は人生じゃない」
"Quem tem medo passa a vida sem viver"「臆病者は人生を通り過ぎて行くだけ」
「ほんとうの不幸せは報われない愛ではなく、孤独にひとりの殻に閉じこもり生きること」
とか、そんな言葉が、スクリーンの映像にかぶさり、語られ、歌われる。
 そうだ、思い切り生きていいんだ・・・。胸にあふれる思いを口に出していいんだ・・・。思春期の頃に戻ったような気分。
 
  
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 詩人は運命の愛を必要とした。9回結婚したヴィニシウスだけど、いつも恋愛は、完全燃焼。お洒落なこぎれいな恋愛でも、かたちだけでもなく、愛するひとに自分のすべてを与えて愛した。少なくとも何年かは。
 誰かを愛するとき、その関係のなかに「神」が宿るのかなと思う。魂の神域を映し出す鏡。純粋なこころに湧く泉。生と死がいままでにない鮮やかさと重みをもちだす。生命の源から発せられることば。だれかにむけられる言葉は、世界のひとの心をうつ。愛するひとがある人はなんて幸せなんだろう。男女の恋愛だけでなく、愛することすべてにおいて。

 
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 前述のヴィヴィーナとは、私がカナダに留学中、大学の道で忘れられない出会いをした。とっても明るいブラジルのポルトガル語が聞こえ、思わず声の来るところに行ったら、ターコイズ色の鮮やかなショールを巻いたあっかるく魅力的な女性が友達とけらけら笑っていた。
 当時、彼女は40代、離婚して、16歳の息子を残し、単身カナダで勉強していたところだった。すぐに親しくなって、友達にカエターノやシコの歌を一緒に歌ったり、ブラジルの魅力をいっぱい教えてくれた。私にとって、ヴィヴィーナは愛情深きブラジルそのもの。ヴィヴィーナに出会っていなかったら、こんなにブラジルが近くなっていなかっただろうな。「ピタンガ!」という曲で、冒頭で入っているのは彼女の声だ。

 カナダにいた頃、ある夜、ヴィヴィーナを誘ってラテンの店に行ったら、彼女はそこで弾いていたウルグアイ人のギタリスト、ロドリーゴと恋におちてしまい、2年後には結婚してしまった。
 今年に入って、結婚生活は終わりを告げ、ロドリーゴはウルグアイへ帰った。
 何年もかけて勇気とエネルギーが必要な別れだったけれど、今やヴィヴィーナはすっかり元気で、おおきな笑顔で、まっすぐな瞳をむけて、こう言う。

 「私、人生に夢中なの。生きることに恋してるのよ。何度誰かを愛して、別れてしまっても、また結婚したくなるわ。また誰かに出会わなきゃね」

 そんな彼女をみていつも勇気がわいてくる。
 メルセデス・ソーサのMujeres de Argentina「アルゼンチンの女たち」のように、Mulheres do Brasil「ブラジルの女たち」という作品があるなら、それには"Vivina, Apaixonada pela Vida"「人生に恋したヴィヴィーナ」を迷わず入れたいなあ、なんてことを思ったりする。
 
 
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 イエマンジャーの彼女は「オラソン」をいつもイタポアの海で歌ってくれている。

 ヴィニシウス、ヴィヴィーナ、Vida Vivida!
 生きることに恋して、情熱にかられた詩を書こう。幾度も、幾度も。
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by miomatsuda | 2009-05-22 00:31 | ◆日々雑感/Notes
「解放」
 今日は、1989年のブラジルのドキュメンタリー、「オリ」の上映会。
やはりスクリーンで見ると、より見ごたえがあって、一度目には気がつかなかった数々の言葉の意味、いろいろな事柄を想起させるイメージが伝わってきた。アフリカ大陸とアメリカ大陸の4次元的なつながり。

 故郷から遠く連れてこられた人たちの子孫が、無意識に探す「土地」の記憶、肉体に刻まれた先祖の暮らし、自らをどう位置づけするかという闘い・・・・。それはすべての人に通じることだが、映画では、そのひとつの理解の仕方として、アフリカから渡ってきて、ブラジルで混合しながら再構築されたアフロ・シンクレチズムの宇宙観を基本にしようとしている。西洋的な歴史観、世界観を乗り越えて、「オリ」という、すべての「核」の概念で、ストーリーが組み立てられている。
 そして、歴史を静かに見つめる。大地に根を張り、生命共存を謳う。 
 70、80年代のサンパウロのエスコーラ・ヂ・サンバの映像、ジミー・クリフ&ジルベルト・ジルの映像など、とても貴重だった。
 
 トークをするとはいえ、専門家ではなく、ブラジルを愛する一歌手の私は、インプレッションを皆さんと分かち合うことしかできない。(伝わっていたらよいけど・・・言葉にしにくいなあ・・・)観客の皆さんは、どんなふうにこの映画をご覧になったのだろう。ぎゃくに私が質問したかった。ブラジル人の観客の二人が、混血の国、ブラジルの抱える課題について、とても大切な意見を言ってくれた。
 そして、彼らが言ってくれてわかったのだが、今日5月13日は、ブラジル奴隷解放の記念日だったのだ。 これには驚いた。恥ずかしながら、今日だったということは、私もまったく忘れていた・・。なんだか、とても不思議なことだ。そして、イベントが今日という意味ある日だったことが、とても感慨深い。
 「解放」とはいっても、何世紀にも渡って習慣となっていた奴隷制廃止、「はい、解散」のような話ではない。心が解放されることがいかに難しいかが、作品の中でよく描かれていると思う。自由。それがこの状況下でどんな意味を持つのかを、今、私には想像することしかできない。 

 いろいろなことを考えさせてくれた、巡りあわせに感謝。
 
 
 
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by miomatsuda | 2009-05-14 02:33 | ◆日々雑感/Notes
言霊 
 夏日だ、真夏だ!ノースリーブで風をきってあるく幸せ。
 
 5/7に、六本木サテンドールのボサノヴァライブにToyonoさんとNobieさんと一緒に出演させていただいた。バンドも精悦ミュージシャンばかりで、歌手のおふたりもかっこよくて、個性が違っていて、楽しいセッションだった。

 サテンドールでは、ジョビンの曲などを歌ったけれど、よく考えたら、ボッサはそんなに歌っていないなあ、といろいろ聴き直した。そこで思ったのは、あのボッサの気持ちよい言葉のサウンドは、やっぱり、ポルトガル語の詩の言霊がリズムと音符になって紡ぎだされているのだ。ポルトガル語ってなんて魅力的な言葉だろう、といまさらながら思う。そして、ポルトガル語の詩の伝統といったら、なんて深いのだろう。ジョアン・ジルベルトは、ギターの音魂と言霊がオーケストラを奏でる。詩がさらさらと心に像を描き、胸が熱くなる・・ブラジルの温もり。リズムだけがボッサノヴァでも、言葉が音に合ってないと、どうもガイジン感がする。それはそれで素敵なのだけど、やっぱりポルトガル語だと、つい耳をそばだて歌詞を聞いてしまう。

 カエターノ・ヴェローゾが、ファドを歌っているのを聴いた時、ポルトガルの多くのファド歌手がいくら大きな声量で、運命の慟哭を表現しても、超えられないものがあると思った。カエターノの存在自体のすごさもあるけれど、ポルトガル語の詩が、音量は低くても研ぎすまされた声で矢のように、心に突き刺さるのだ。リスボンの庶民の間では、ファドを「歌う」より「語る」ことに重きを置いている。これは、ポルトガル語の本質なのかもしれない。カエターノが、自身のブログで、男性ファド歌手のAntonio Zanbujoが大好きだと書いている。確かに、彼をリスボンで聴いた時、カエターノに通じるものがあるなと思った。ブログでは、カエターノにとってポルトガル語で聴くことがどんなに大切かが、書かれている。

 私は、ポルトガル語の詩の世界を旅してきたのかもしれない、と思う。果てしない詩の海。この言語が好きだ!!!!!!!ポルトガル語を愛している!!!!!!!もっと、勉強しよう。もっと詩を大切にしよう。

 そんなこともあり、今度のプラッサオンゼ(6/8)は、ササジイこと笹子重治さんと二人だけで、詩を紡ぎたいと思う。前回のように、あんまり跳んだり跳ねたりせず(笑)、じっくり大好きな歌を詩を大切に歌いたい。"Molambo"とか"Eu Te Amo"とか・・思わず書きながら歌ってしまうような、はあー、いい曲ーーー!!
 さあ、何を歌おうかな、心弾む今日このごろ。
 

  
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by miomatsuda | 2009-05-11 20:32 | ◆日々雑感/Notes
大西洋と大陸の地図
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  Eu sou Atlantica. 「私は大西洋だ」
 はっとする言葉から壮大な叙事詩が始まる。
 アフリカ各地からブラジルへ連れてこられた奴隷たちの歴史と現在、そして未来。奴隷解放100年記念の年に作られた、女性監督Raquel Gerberによる、ドキュメンタリー作品、「Ori」オリ。
 見終わった時、そのスケールの大きさと、深く掘り下げられたテーマ、詩的なナレーション、繊細でいて雄弁な映像のストーリーに、しばらく呆然としていた。
 アンゴラ、セネガル、ブラジル・・映像は旅をするが、その旅は、ブラジル黒人のDNAをたどるかのように、映像が脳内で地図を成す。
 「キロンボ」という逃亡奴隷の王国が、単なる逃亡者のコミュニティーではなく、アンゴラで起こった民族移動と深い関わりがあることを明らかにしていく。「ブラジルの黒人」という世界を、ひとりの女性の目を通して、内側から語っている。ヨルバ系、バントゥ系の民族のブラジルでの系譜を、この映画の語り部、ベアトリスの感覚をとおして、伝える。いつの間にか、彼女の感覚を私は取り込んでいる。彼女のなかに流れている血をわたしはたどっている。アフリカの大地に生まれ、躍動していた体内の記憶を。そして、現在まで続くジレンマとの闘いを。
 「私は大陸的な歴史をもちたい」
 彼女は、途方もなく辛く哀しい負の歴史にたいして、新しい視点を選びとる。
 
 ナナ・ヴァスコンセロスの音楽、途中で入るカエターノの歌、ジルベルト・ジルとジミー・クリフの映像など、音楽好きにもたまらない。すべてが合わさって、心に深い余韻が残った。

 この作品、今月13日に、ヤマガタ国際ドキュメンタリー映画祭主催で、シネマート六本木にて上映される。ご縁あって、ライブトークで私も出演させていただくことになった。この作品をスクリーンで見られるのが楽しみだ。

 こんな素晴らしい貴重な映像を見られる機会はなかなかないので、ぜひご鑑賞ください。

5月13日(水) 19:15 open / 19:30 start
シネマート六本木にて。
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by miomatsuda | 2009-05-09 21:20 | ◆日々雑感/Notes
訳詞
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 努力の結晶ノート。

 知人プロデューサーからの依頼で、コンピレーションのため、日本のポップスの2曲を、ポルトガル語で歌うことに。
 突然の話だったにも関わらず、ジョアン・リラ&クリストーヴァン・バストスによる、なんと贅沢なトラックが送られてきて、米米クラブの曲 "君がいるだけで”が感動的なボッサノヴァに!!
もう1曲、渡辺美里の" My Revolution "のほうも、Os Ritmistasに頼んだところ、「カエターノやガル、ジルの初期の感じにしたい」という返事が。数日後、ペドロ・サーを加えて、なんとも味があるトラックが送られてきた。
 あとは歌うだけ、だったはずが、送られてきた歌詞が詩の直訳で歌詞としては成立せず、ブラジルに頼んでいた曲も、録音予定前日に「やっぱり誰がやってもできなかった」と返ってきた。そんなわけで、急遽2日間で、2曲の歌詞を書くことになってしまった。
 歌詞の内容が変わってはいけない、英語はそのままで。という縛り付き。
1曲目「君がいるだけで」、そのテーマが問題になった。日本語の歌詞をよくよく見てみると、解釈の仕方がいろいろあって、日本人男性に聞いたところ「これは、浮気しちゃった女々しい男が、ごめんって謝ってるんだよ」ということ。そ、そうかあ?それをブラジル人の男性たちに言ってみたら、口を揃えて「わからない!」なぜかというと、「普通、しても言わない!」とのこと。その歌をポルトガル語にするのって、こうした文化の違い(?)を乗り越えて、韻も踏んじゃったりして、スィングして、詩的に作らなければいけない。目をさらのようにして、ひたすらにインスピレーションのまま、筆を走らせ、完成!我ながら、いい感じかも。
 そして、2曲目「My Revolution」は、スタジオ近くのホテルにこもり、完成。うう、けっこう、いいかもよ、いいかもよ!!(涙)
 歌詞は乗りませんが、がんばったので聞きとってください!!
 
 そうして前夜にできた歌詞を翌日レコーディング。誰も来ていない時にふらっと歌った録音が一番いいということで、OKテイクに。マイクに近づいて歌詞を大切に小さな声で歌ったのを聞いてみて、えっ、これ私?と少し戸惑った。でもこういうのも楽しいかも。

 今頃、リオでは、ジョアン・リラとOs Ritmistasがそれぞれミックス中。
 このコンピレーションは6月に日本でリリースされるそうです。


 
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by miomatsuda | 2009-05-03 20:28 | ◆日々雑感/Notes