松田 美緒のオフィシャル・ブログ MIO MATSUDA's official blog
by miomatsuda
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
Home Page Navi












カテゴリ
ライフログ
最新の記事
以前の記事
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
カテゴリ:◆旅日記/Traveler's note( 37 )

旅した2ヶ月 その4
それからの移動は、福岡ー行橋ー岡山ー広島(鞆の浦)倉敷ー東京ー横浜ー京都ー鹿児島ー山の中(高千穂ー五木村ー水上村ー椎葉村)ー山鹿ー天草ー熊本ー長崎ー京都ー長崎ー京都。
d0101430_2111119.jpg

スタートは、行橋で歌われていた歌をさがす旅。古い歌ならなんでもしっている橋本さんが近所のおばあちゃんに一緒に聞きに行ってくださった。でも、なかなか思い出せない。

それから、行橋の「トコハイ節」の歌詞にも出てくるし、古くから深いつながりがある鞆の浦。海運業で栄えた重要な港。
d0101430_20563765.jpg
大きな積み荷を下ろすための長い船着き場、雁木。こんな場所で歌が歌われたのかな。
d0101430_20545946.jpg

突然ですが、立ち寄った倉敷で会えたブラジル人の歌手ヴィニシウス・カントゥアーリア。素晴らしい芸術家!!
d0101430_2055310.jpg


横浜の後、再度九州へ。
鹿児島
d0101430_20584260.jpg
d0101430_21261886.jpg

鹿児島の案内人、しょうぶ学園のマドンナ、山下くみ子さん、そして園長。
霧島 
d0101430_20583548.jpg

高千穂(大先輩、うずめ姉さんと一緒に)
d0101430_20593151.jpg


このあと、携帯が壊れたため写真はなし。
宮崎、熊本の山を行った。五木村、水上村、椎葉村は特に忘られない。特に椎葉村は噂には聞いていたけれど、民謡の宝庫だった。秋田の鹿角の歌と似た歌もあり、日本の山の民の歌は尾根でつながっているんじゃないだろうか。

長崎から復活。
d0101430_2185032.jpg
伊王島へ。外海地方が見える。
d0101430_2173897.jpg
教育センターの方が作ってくださっていたファイル!!(貴重です!)
d0101430_2193534.jpg
坂の町、長崎。にゃんこも高いところがお好き。

などなど、書ききれないくらい、海と山を縦横無尽に旅した。

FBに書いたこと。

ひとつの歌を歌うためにやりたいことは、その歌が生まれた場所へ行ってみること。歌の歴史背景ひとびとを知りたくて、それを知ったらもっと歌が心に身体にしみてくるし、その歌について自分なりに解釈できる。やっぱり百聞は一見にしかずだ。
連れて行ってもらった南九州の険しい山の道も、五木村の寂しげな旋律も、椎葉村の豊かな歌の数々も、祖谷の山の情緒も、伊王島の歌の背景にある歴史も、長崎にみるポルトガルも、鞆の浦と行橋をつなぐ瀬戸の海と人々も、壱岐対馬の古代の海の道も・・・日本を見てこれて、空気を吸ってこられて本当によかった。こんなことができるのは、各地で案内してくれるお友達、協力者の方々あってのこと。感謝しています。

歌手の私が民俗学の真似事をやってただの自己満足かもしれない、とか、なんで今ラテン諸国で楽しく歌っていないんだろう、本当はジョビンの曲歌うほうがずっと自然かもしれないのに、と独りごちることもあったけれど、とりあえずいいことにした。きっと「日本のうた」のなかで、子供の頃から気になっているものに挑戦したいのだと思う。日本を歌から知りたいんだ。
それにしても、長崎はポルトガルとつながっている。
d0101430_21223024.jpg

d0101430_21314229.jpg


京都に帰ってきてつかの間、一大決心して、明日、雪に閉ざされる前に徳島県の祖谷へ行くことにした。「日本のうた」のテーマの場所のひとつ。今年最後の、歌をさがす旅だ。
[PR]

by miomatsuda | 2013-12-18 21:11 | ◆旅日記/Traveler's note
旅した2ヶ月 その3
ライブではいろいろな南米と日本の歌に加えて、7月の韓国公演で歌った「朝露」「珍島アリラン」「トラジ」「モランドンベク」などを歌った。日本と韓国のお客さんと一緒に盛り上がったわすれられないひとときだった。船の揺れはすさまじかったけれど!
d0101430_19542614.jpg
これは、イ・ハンチョルさんとの合同ライブの様子。

やっと晴れて、上海に入港。
d0101430_19581735.jpg


蘇州へ。「蘇州や曲」を口ずさむには人が多すぎた・・けれど呉の国の都に行けて嬉しかった!
d0101430_19561261.jpg

d0101430_19561542.jpg

d0101430_195698.jpg


そっくりさんシリーズ その2
上海の屋台にいたお兄ちゃんとピースボートのスタッフYくん。
d0101430_19585391.jpg


さらに海の旅を楽しむために持っていた本たち。船が揺れて完読できなかったけれど、
d0101430_19582766.jpg

船の上で出会った人たち。初めてのクルーズ体験だったけれど、楽しい1週間だった。
d0101430_2084225.jpg

d0101430_2081771.jpg

共演した韓国のアーティストおふたり。

これは、FBに書いたこと。

ピースボート&グリーンボートの日韓共同クルーズの1週間、韓国と日本の人たちと一緒にアジアを周り、いろいろなことを感じ、考えた。初めてのクルーズ体験は、青い海がいつも見えたわけでもなく、嵐の波枕が3日くらい続き、晴れたと思ったら、土色の揚子江を進み、水の都・蘇州は人の都で、上海ではいろいろ食べたけど、結局最後に食べた10元の屋台チャーハンに勝るものはなかった。船が揺れに揺れると寝るしかなかったり、いっぱい持って来た本も2冊しか読み切れず、人混みがいやでも船から降りるわけにもいかず、酒が安いのでいっぱい呑んで、運動不足で、それでもなお、韓国と日本の歌と人をつなげるようなライブができて、縁ある人たちと出会えて、とても楽しかった。今でも懐かしい。何千年も前から使われて来た海の道を通って、人々が日本列島へ来ては混ざって、今のような日本人ができた。アイデンティティとか民族意識なんてたった100年くらいのものにしがみついている風潮が馬鹿らしくなるくらいに、行く先々の港で友達と顔がそっくりの人たちに会った。アジアのこの素晴らしき多様性よ、万歳。
船上で出会った韓国の「生活旅行者」の柳盛湧さんの言葉「本当の旅とは自分を滅して世界に埋没すること。すべての決め付けも判断も消えゆき、核心がみえてくる。道に迷う人こそが本当の旅人」そう、自分探しの旅なんてうそなのだ。毎日の生活だって、旅なのだ。移動することと旅はちがう。私はもう一度、本当の旅をしたい、そう思った。
[PR]

by miomatsuda | 2013-12-18 20:07 | ◆旅日記/Traveler's note
旅した2ヶ月 その2
ピース&グリーンボート 1日目
d0101430_1933527.jpg

大洋ってこれか!と感動。
d0101430_1934110.jpg

遮るものがない夕焼け。
d0101430_19341191.jpg

月光もまた素晴らしい。
波のリズムで、ぐっすり。

3日目 台湾の基隆入港。
d0101430_19342146.jpg

d0101430_19343684.jpg

イエマンジャーと見まごう、海の聖母「マズ」さまの寺。スペイン人が作った港町らしく、アラベスクな文様も一緒にあった。
d0101430_19425190.jpg


d0101430_1944320.jpg

それから、船は揺れて揺れて、海人だと豪語してた私も、ひとかけらの陸があったならしがみついていただろう。
沖縄へは台風の影響で上陸かなわず、ライブは計画より一日早まった。

そっくりさんシリーズ その1
ギターの平くんと韓国のパーカッショニスト朴くん
d0101430_19363779.jpg

[PR]

by miomatsuda | 2013-12-18 19:48 | ◆旅日記/Traveler's note
旅した2ヶ月
しばらく定住したい、と一瞬思ったのもつかのま、かれこれ旅が続いた。2ヶ月間、美しい風景や出会いをたくさん心の栄養としていただいた。
10月はピース&グリーンボートの日韓合同クルーズの「水先案内人」として招いていただき、韓国のアーティストの方々とも共演した海の旅だった。その後も各地の案内人&お友達の力を借りて、歌をさがす旅をした。そのなかの少しだけ、写真で紹介します。

始まりは、北九州の響灘にある九州バースセンターの女性達と、壱岐・対馬へ。島影をたどれば朝鮮半島やがては大陸へと渡れる海の最重要ルート。この道を通って釜山へ行けたことは、貴重だった。

d0101430_22443726.jpg

唐津より、いざ船出。
d0101430_2239356.jpg

神々の島、壱岐の日の出
d0101430_22394759.jpg

海の女神のお祭り。聖母宮。
d0101430_22462927.jpg

d0101430_22485838.jpg
万国旗がはためく港。

対馬 山と海の国境の島
d0101430_22403426.jpg

d0101430_22403722.jpg

d0101430_22405442.jpg

d0101430_22402240.jpg
海神神社

d0101430_22412649.jpg
宮中に奉納される赤米(古代米で種子島と対馬の「つつ」という古い集落のみ残っている)の刈入れ儀式を少し見ることができた!

それから釜山へ。朝鮮半島は目と鼻の先とはこのこと。
d0101430_19143339.jpg


慶州も15年ぶり。
d0101430_19173795.jpg

古墳と夕陽。
d0101430_19211497.jpg
か、かんこーきゃく。仏国寺。中には子供の受験の成功を祈るお母様達がたくさんいらっしゃった。

それから釜山からアジアクルーズへ合流、出航!
d0101430_19223028.jpg

[PR]

by miomatsuda | 2013-11-19 22:53 | ◆旅日記/Traveler's note
韓国ツアー記 その1
7月に約2週間、国際交流基金ソウル日本文化センターのお招きで、韓国へ行ってきました。
韓国のお友達はたくさんいたし、お隣の国なのに、韓国へ行くのは15年ぶり。歌うのはもちろん初めてです。

それまでの何ヶ月か、ソウルの基金担当・武田さん&辛さんと入念にやりとりして、歌う曲を決めて、韓国語の歌を覚えて、韓国語の先生もご紹介いただいて、もちろん鶴来さん&亮さんとのトリオでのリハーサルも入念に、準備して参りました。

そして、ツアーは、大成功でした・・・!!
d0101430_0163447.jpg

訪れた先で本当に熱くもてなしていただきました。韓国のお客さんは本当にノリがいい!今回、「日本のうた」トリオとしては初めての海外公演でしたが、どんな言葉で歌っても、しっかりと歌の内容をうけとめてくださいました。

そんな韓国ツアーの様子を報告します。

康津

初日の康津(カンジン)は、全羅南道の南にある小さな郡。ものすごい田舎とお聞きしてみたのが、行ってみると、高麗王朝の最も重要な陶磁器の釜があった里でした。(毎年、陶磁器フェスティバルが開かれています)
岩山と青く茂った水田、美しい天然の干潟、ふっと古代にタイムスリップしそうな場所でした。

大きな干潟の海にかかる「揺れ橋」にて
d0101430_061727.jpg

宿泊先は山の中のおうち、一人一軒!ワンコもきた。
d0101430_0182772.jpg

コンサート前夜、今回の公演の立役者、康津郡の副郡主が、美しい伝統的なお屋敷で宴を開いてくださいました。副郡主は、ちょうどツアー前に日本の政治家の発言問題など紆余曲折があったのに関わらず「こんな時だからこそ日韓友好のため公演をして、成功させよう」と、熱烈に取り組んでくださった御仁です。
いらっしゃった皆さんは、九州の親戚みたいな、なんだか懐かしい熱い方達ばかり。お料理もマッコリもお話も皆さんも最高に素敵でした。
d0101430_013387.jpg

d0101430_013834.jpg
美しい青磁の器をメンバー皆にプレゼントしていただきました。
d0101430_064471.jpg

翌日のお昼は、またまた趣ある伝統的な館、四宣斎。
李王朝時代の偉大なる学者でカトリック教徒であったため、中央からこの地へと左遷され、18年間この地で暮らした丁若鏞(ジョン・ヤギョン)にゆかりある家です。彼はこの康津の地で、600冊の本を書き、学問を完成させたといわれます。彼が滞在したことで、都の貴族の食事が伝わり、地元の料理が洗練されていったそうです。
d0101430_0425972.jpg
 海藻チヂミ!

コンサート会場は小さな町なのに、700席以上ある立派な康津アートホール。
d0101430_0212591.jpg
d0101430_0131142.jpg

通訳の田さんとお話を入れながら、進行。韓国の歌をうたうと、やはりとても盛り上がりました。

今回、康津の方からぜひ歌ってほしいとリクエストされていた「モランドンベク」という歌は、康津の郡の花である牡丹と椿が詩のなかにあらわれる、とてもよい歌です。

 椿はもう散ってしまったけれど 高野に雪が降れば
 優しい顔の椿娘が 夢の中で微笑むよ 
 この世は風吹き はかないところ 
 私は とある海を さまよう さまよう
 どこかの砂浜で さみしく さみしく 眠りについても 
 もう一度椿が咲くまで 私を忘れないでくれ
 (2番の歌詞の訳)

寅さんの歌、と呼んでしまうほど、流浪の心を歌う歌です。く〜。

d0101430_124484.jpg

(終演後に、サイコーなお坊さんたちと)

そして、翌朝。郡庁へ寄るために、一行は少し早めに出発。

なんと、康津郡の広報大使に任命されてしまったのです!
d0101430_0125166.jpg

郡主より、ありがたき任命状をいただき、これからこの康津の素晴らしさを世に伝えるため、「モランドンベク」を歌い、広報をしましょう、と決意。

もうすっかり親しみ深い皆さんにお礼とお別れを言って、全州へと出発したのでした。
d0101430_045743.jpg

そして・・・。
d0101430_013531.jpg

その時の写真と新聞記事が印刷された立派なアルバムが3日程前に、康津郡から届きました。
感動が蘇りました。
もうすでに、とても懐かしいところ&人々です。
広報大使として、また行かなくてはいけませんね。

続く。
[PR]

by miomatsuda | 2013-08-15 00:24 | ◆旅日記/Traveler's note
リスボン音楽はしご
(Facebookより)
d0101430_22171481.jpg

今、「天正少年使節団」についての本を読んでいる。なので、カーボヴェルデの帰りに寄ったリシュボアを思い出しています。
一日目はサンティアゴ島プライアのジャズフェスの後、明け方に着いて少し寝てから、6軒音楽はしご。カーボヴェルデ移民協会→ファド2軒→友人がやっている多文化センターのモザンビークの夜→カーボヴェルデのカーザ・ダ・モルナ→クラブ・ベレーザ・・・明け方までコース。
リスボンにいた頃よくやっていた、飛び入りはしごナイト!

1軒目 カーボヴェルデの移民協会
d0101430_22252063.jpg
歌手MARIO RUIのゲスト。なんとギターは、「アトランティカ」でブラジルまで来てくれて録音してくれたArmando Titoだった!感動の9年ぶりの再会!サイコーだよ。

2軒目 Porta da Alfama
d0101430_22501780.jpg

このお店で2001年に初めて行った時いつも歌わせてもらっていた。Tininha de Alfamaという元気な女性が切り盛りしているお店で、今回も9年ぶりに寄ったら、30秒で歌うことに(笑)窓からみえるようになっている。十八番の"Ai Mouraria"うたってるところ。

3軒目 Pateo de Alfama & Casa das Linhares
d0101430_2217892.jpg

涙なしには入れないくらいお世話になったCasa de Linhares。オーナーの故Manuel Bastos にはいつも優しくしてもらっていた。ファドのいいところをたくさん教えてくれた。本当にいいお店です。いつもこのファディスタたちの控え室でいろんなお話をしたなあ。

4軒目Centro CulturalCidade
d0101430_22314454.jpg

リスボンは、旧植民地の国々からの移民が多く暮らしている。友人Mario Alvesが創立した多文化都市センターにて2004年一緒にブラジルの音楽祭に出演したギネ・ビサウのアーティストに再会。ギネ・ビサウのグンベという音楽を歌ってるところ。リスボンにいた頃、こういうアーティスト達からポルトガル語圏アフリカ音楽の洗礼をうけた。

5軒目 Casa da Morna
d0101430_22322317.jpg

José Afonsoは、私を2004年カーボヴェルデのホテルで歌う仕事に誘ってくれたベテランのピアニスト。右は、カーボヴェルデが誇る歌手Dany Silva。その声といいグルーヴといい、本当にカッコイイー!モルナと最後はSAIKOを一緒に歌った!

6軒目 Club Bleza
d0101430_22412285.jpg

Ana Firminoはカーボヴェルデ出身の素晴らしい歌手。リスボン時代、彼女のツアーに同行させてもらったこともあり、本当に多くを教わった友人。彼女が誘ってくれて、カーボヴェルデ出身者が踊り明かす大きなクラブBlezaへ。明け方4時に"SAIKO"と"LUA"をうたった。

Luaは「月」の意味。「はるか昔から、月はすべてを照らしてきた。黒人も白人も、神父も軍隊も、すべての方角を照らしてきた。そんなふうに、月よ、もっと近くで私のもえる身体を照らして」

翌日はポルトガル時代お世話になったロータリークラブの方のお宅へ。ポルトガル貴族伝統のお茶会。
d0101430_22531821.jpg

それからアルファーマへ。なんと一緒に住んでいた友達に呼び止められるなど、8年ぶりに会いたい人9割に2日で会えたのでした。
d0101430_2254297.jpg
Ana & Sol 二人とも日本育ち!

d0101430_22171914.jpg

ちなみに、「天正少年使節団」はルートでいうときっとカーボヴェルデに寄ったと思うんだけどなあ。

d0101430_23103337.jpg

これ見てください。ファドみたいでしょう。サンヴィセンテ島の素敵なCAFE LISBOAでモルナを歌っているところなのです。大西洋の歌は、海の物語とSAUDADEでつながっているのです。

次回はディープなカーボヴェルデの旅をすこしずつ書きます。
[PR]

by miomatsuda | 2013-04-28 22:45 | ◆旅日記/Traveler's note
サント・アンタォン島のコーヒー
(Facebookより)
d0101430_21381289.jpg


カーボヴェルデの日々があまりに濃厚すぎて、写真と思い出ばかりたまっているので、これを機にコーヒーの写真をまとめました。
d0101430_21365243.jpg

サント・アンタォン島の山の中のコーヒープランテーションを訪れたときのこと。
プランテーションへは日本の珈琲専門家、深澤愛さんと一緒に行った。彼女は、コーヒーの産地を回って歩きたいという同世代の情熱溢れる女性。
d0101430_21422279.jpg

大西洋の音楽を生んだキーワードであるコーヒー産業はこれまでどれほどの汗と涙によって築かれて来ただろう。そして私たちが飲むコーヒーにはその歴史がしっかりと宿っている。コーヒー農場の歌にも流れている。(特に、1世代前までカーボヴェルデからの人々がアンゴラやサントメのプランテーションに送られ、安価な賃金でつらい労働に従事させられた時代があった。彼らは「コントラタード」と呼ばれた。決して美学だけでコーヒーを語れない)
d0101430_214338100.jpg
(真ん中のお家の屋上でカップルが踊っています)
切り立った山に作られたコーヒー農場でコーヒーを昔ながらの方法で育てる人たちに会えて、ちょうど収穫に立ち会えたことは、奇跡のようなことだった。
d0101430_21413696.jpg
収穫
d0101430_21374260.jpg
お母さんが石臼で殻をとる。
d0101430_21392565.jpg

マルシア(12)とても頭がよい女の子。お母さんのお手伝いをしながら、コーヒーについてたくさん教えてくれた。
d0101430_21551516.jpg

サント・アンタォン島は、人を寄せ付けない岩礁と、高い山を持つ島。そして唯一、水が豊富な島でもある。太古の火山のカルデラが肥沃な谷となって、水の通り道を作っている。
2005年、初めて行った時、そのアンデス山脈かグランドキャニオンかと見まごうばかりの景観に度肝を抜かれた。それから8年、道は新しく舗装されていたもの、こうした山の上のプランテーションへはもちろん徒歩で行く。
d0101430_21412484.jpg

コーヒーは、インドからポルトガル人によってもたらされたアラビカ種。だいぶ古い種類がのこっているそうな。
マルシアとコーヒー。まるでアフリカの地図。
d0101430_21583811.jpg


農場のある村山からは滝が流れおちる。こんなに緑の多い風景は、カーボヴェルデではこの島だけ。

さて、このコーヒーを飲んでみた。
まず白石のミルトンのライブの時、アンゴラのコーヒー農場の歌と渡辺亮さんの絵に触発され、私が買って来た生豆を焙煎するマスター。焙煎中にでた薄皮も絵に注入!
d0101430_2271243.jpg
みんなで飲むコーヒー、ものすごく美味しかった!

それから東京で、愛ちゃんがいれてくれたコーヒー。ドリップしたときに、素晴らしい膨らみです。
d0101430_2255096.jpg


あの山と岩の大地で、コーヒーを作っている人たちのところの生豆を、自然な焙煎といちばん美味しい方法でいただく。値段をつけられない、幸せ。現地の人たちの暖かい笑顔がうかぶ。

歌とコーヒーの旅はまだ始まったばかり。
[PR]

by miomatsuda | 2013-04-28 21:54 | ◆旅日記/Traveler's note
ただいま、カーボヴェルデ。
今、大西洋にうかぶ国、カーボヴェルデのサンヴィンセンテ島にいる。
d0101430_22354477.jpg

ヨーロッパと南米の間にある飛び石のようなこの国に2004年に来ていなければ、私のなかでポルトガルとブラジルの間の大西洋はここまでつながっていなかっただろう。

奴隷貿易の中継地という一言では言い尽くせない重い歴史をもつこの諸島。ポルトガル語とアフリカの諸語が混ざり合った人懐っこいクレオール語の響き、モルナ、コラデイラの波のようなリズム、まさにポルトガルとブラジルをつなぐこのクレオールの文化に身をおいたことで、リアルに大西洋の歴史、人、文化が混ざり合っていった道筋を感じた。

大西洋の音楽の道筋・・・一枚目のアルバム「アトランティカ」の時に感じ、持っていたイメージや、
当時音楽的にやりたかったことが、毎日思いがけなく戻ってきて、叶っている。

毎日、風が強くアフリカ大陸から飛んでくる砂で曇り気味。
カーニヴァル中ものんびり、ゆるい雰囲気。
d0101430_2239040.jpg
子供達のカーニヴァル

そして今日は、サンヴィンセンテの音楽を代表するギタリスト、BAUとデュオでライブ!
d0101430_22381118.jpg
昨日のリハの写真。
少ない和音進行の間でこれほどの色彩感、フィーリングとグルーヴがでるのがカーボヴェルデだ!!と8年前に感動したことを思い出した。

私のテーマソング「サイコー」はこの島の歌で、コラデイラというリズムなのですが、いろんなリズムでやっていたのが、昨日のリハで「これが正真正銘のコラデイラだー!」と感動!

d0101430_22405138.jpg

この港でマグロを水揚げしていた日本の漁師さんたちが「最高だよ!」と言っていたのが、あの歌になったのだ!

それでは、また!
[PR]

by miomatsuda | 2013-02-10 22:58 | ◆旅日記/Traveler's note
ペルナンブーコのカルナヴァル その3
火曜日は、レシフェの旧市街で行われるカルナヴァルの最終日。

夕方、パッソ・アルファンデガという建物で、ペルナンブーコのテレビ局の生放送の番組で歌うことに。
d0101430_646631.jpg
 この曲をこのキーで、という打ち合わせだけで、昨日おぼえたフレーヴォを歌う。歌手の人が歌詞カードを貸してくれたり、とても優しい。昨日覚えたフレーヴォを歌う。歌手の皆さんの歌を隣で見て聴いたりしているうちに、一日たったら、歌にもっとスウィングを感じるようになっていた。こんなふうに歌を体にしみこませる。
d0101430_6495635.jpg

とても優しくて、もちろんめちゃうまいメンバーの皆さん。

d0101430_6444852.jpg
プレゼンテーターのRogerさん(仮装中)
放送の後のパッソ・アルファンデガ。とても素敵な場所。
d0101430_6545147.jpg



それから、だ。
開会式が行われたマルコ・ゼロ広場の最大のステージで、カルナヴァル最後の演目が行われる。
200人のフレーヴォのオーケストラに著名な指揮者が一同に介して、しかもアルセウ・ヴァレンサ、エウバ・ハマーリョやファファ・ヂ・ベレン、ルイーザ・ポッシや、地元の素晴らしき歌手たちが演じる。
今年のカルナヴァルは、シンガー、コンポーザーのアルセウ・ヴァレンサに捧げられたのだが、当人が誰よりも力強く素晴らしい声で貫禄の「現役」ぶりをみせてくれた。かっこいいーー!!

d0101430_6593368.jpg
これはヘナータ・ホーザとアレッサンドラ・レアォン。

なんとこのステージで、SPOKのゲストで歌うことに!

d0101430_741569.jpg

インターナショナルゲスト、として呼び込まれて、歌手のグスターヴォ・トラヴァッサ氏とデュエット、カルナヴァルの最も大切な歌とされる"Ultimo Regresso"を初めて歌った。プラッサを埋めるいっぱいの人がみんな一斉に歌っているよ!ステージから見る眺めは、感動的だった。
d0101430_2283975.jpg

こういう歌はだいぶ古い。若い人までがこの古い祭りの歌を全身全霊をかけて歌っている。これぞ文化が伝承されていく美しいあり方だと思う。

グスターヴォさんは、カルナヴァルの幕開けを告げるイベント、ガロ・ダ・マドゥルガーダを取り仕切る人で、とってもオープンで素敵な人。
d0101430_2225364.jpg

彼はステージから降りた後、とっても嬉しそうに言った。
「あのエネルギーを見たかい、美しいだろう。ペルナンブーコのカルナヴァルにはリオとは違う熱がある。カルナヴァルの主人公は、普通の人たちなんだ。みんながアーティストなんだよ。みんな仕事も、やらなきゃいないこともやってしまった。今はただ楽しむだけなんだよ、楽しまなきゃいけないんだ」
この言葉に、カルナヴァルの本質があって、カルナヴァルを仕切る人は、人々の心をよくわかっているし、その心に沿っている。

最後の最後には、出演した歌手やマエストロ達が一斉にステージで歌って踊る。私も手をひっぱられてステージへ。200人のオーケストラが一斉にカルナヴァルのテーマ曲Vassourinhaを吹いて、みんな踊った。
d0101430_2301213.jpg


最後にステージへ行ったときは夜も白んでいた。
そのまま歌手の人に手をひっぱられて、フレーヴォ隊とともに、広場へと降りる。最後は観客と一緒になって行進!信じられないようなスウィングで広場をゆく管楽器隊。
d0101430_2331151.jpg

やはり信じがたい、このかっこよさ。ジプシー、ユダヤ、アフリカ、ポルトガル、アラブなどなど、混ざり合って進化を遂げてきたこの音楽。ただDNAが混ざっただけじゃなくて、「もっと細かいシンコペーション」「もっと早いタンギング」「もっとかっこいいリズムアレンジ」「もっとすごい踊り」を人々が、お互い刺激を受けながら、それぞれ求めてきたとしか思えない。
愛される音楽文化にはそれぞれの地の人々の好みがあらわれるけれど、ここはなんといってもスウィングだろう。(スウィング、というとジャズのスウィングではなくて、ノリ、のこと)沸騰するようなスウィング。ペルナンブーコならではのかっこよさ。
d0101430_2413551.jpg

d0101430_246055.jpg
燃え尽きた私たち。

ありがとう、レシフェのカルナヴァル・・・。
今年は本当に特別だった・・・!!
レシフェにこれからも戻って、この素晴らしい音楽を浴び続けたいと思う。いつ呼ばれてもいいように(笑)フレーヴォももっと覚えよう、と思う。

灰の水曜日の朝のレシフェ。
d0101430_2454074.jpg

[PR]

by miomatsuda | 2012-02-28 06:50 | ◆旅日記/Traveler's note
ペルナンブーコのカルナヴァル その2
d0101430_552821.jpg

レシフェの海辺。この場所は、ブラジリア・テイモーザというレシフェの中で一番古い海辺の町。
d0101430_555223.jpg

夜になって、マラカトゥの最大の儀式Tambor Silenciosoへ。
マラカトゥは、私がブラジルで一番好きなリズムかもしれない。初めてレシフェで聴いてから体中にあふれているリズム。もちろんアフリカ起源。

d0101430_556348.jpg
それぞれのナサォン(グループ)がそれぞれのリズムアレンジと衣装で、テルソ広場に集まる。

d0101430_641660.jpg
日本人のMOZOさんも叩いているEstrela Brilhante、大好きなナサォン。イガラスーという、ペルナンブーコで最も古い町のグループ。それだけに伝統は深い。一発目から響きが違う。

d0101430_653220.jpg

メストリ(マスター)の指揮に従って、皆、叩き、コーラスをする。カンドンブレの信仰と結びついた歌たち。彼の歌は魂にひびいてくる。
d0101430_692774.jpg

待ち時間にホーダ・ヂ・コーコ。輪になって、女性達が踊る。
素晴らしき音と色の祝祭。
d0101430_6113623.jpg

それから移動して、カーザ・アマレーラのステージへ。
1時過ぎから、大好きなフレーヴォのオーケストラSPOK FREVO ORQUESTRAのステージが。
楽屋に挨拶に行ったら、なんと飛び入りゲストで歌うことに!
d0101430_6125513.jpg
SPOKと。
d0101430_614796.jpg

このSPOK FREVO ORQUESTRA、ものすごくかっこいいので、聴いてみてほしい!
ちょっと前のだけど例えばこれとか。

「ジャズはミシシッピ川から
フレーヴォはカビバリービ川から」とある。
ちなみに日本に住んでいる管楽器奏者Gustavo Anacleto氏はこのSPOK FREVO ORQUESTRAのメンバー!

d0101430_61533100.jpg

もともとヨーロッパ起源の軍楽のマーチだったのが、いろいろな遺伝子を吸込んでこんなものすごいスウィングと早弾きとアクロバティックな踊りになった。踊りは初めて見ると、ただあんぐり口をあけるだけ。
d0101430_6314467.jpg

ダンサーたちとバックステージで踊る。
最高のスウィングに身をゆだね、沸騰するお客さん。
d0101430_6423269.jpg


d0101430_6324345.jpg
一日に3回もステージをしたあとのオーケストラの皆さん。明け方に、なんとも幸せな気持ちで帰った。
[PR]

by miomatsuda | 2012-02-28 06:01 | ◆旅日記/Traveler's note