松田 美緒のオフィシャル・ブログ MIO MATSUDA's official blog
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カテゴリ:◆日々雑感/Notes( 284 )

『Silence〜沈黙〜』日本公開の前に
マーティン・スコセッシ監督の"Silence"『沈黙』が、明日公開される。ドキドキしながら明日を待っているところだ。女優のお友達や新潮社の遠藤周作さん担当の方や、ポーランドの研究者ユスチナ・カシャさんから「観た」と連絡があり、早く観たいと毎日いまかいまかと待っていた。先日放映されたBSのドキュメンタリーも夢中で見て、スコセッシ監督の洞察と魂の探求とも思える制作過程に深く突き動かされた。

思えば、去年はいろいろな出来事があった。
夏には遠藤周作『沈黙』シンポジウムに呼んでいただき、幕開けに隠れキリシタンにちなんだ歌を歌った。そのあとのパネルディスカッションにも呼んでくださって、遠藤文学の専門家の方々と語る(私はポルトガルや「こびとの歌」の話をちょっとしたくらい)時間もあった。
遠藤周作文学館でコンサートの後、五島の福江で、キリシタンの家系のガイドさんの詳しいお話つきで島を案内していただいた。

クリスマスには、世界的な音楽家でありピーター・ブルックの音楽監督をされてツアー中の土取利行さんと「日本に芽吹いたキリスト教音楽」と題して、岐阜の郡上八幡でコンサート。(土取さんの精神性・音楽性とパートナーの故・桃山晴衣さんの軌跡に私は最近最大の刺激を受けているのだけど、これについてはまたいずれ。)

コンサートでは、あるグレゴリオ聖歌が300年近く密かに歌い続けられていた奇跡の歌「ぐるりよーざ」を土取さんと歌った。 皆川達夫氏がその元になったグレゴリオ聖歌 "O Gloriosa Domina"(聖母マリア讃歌) をスペインの田舎の図書館で発見した、という話はよく知られている。その二つを最近自分で混ぜてやっていたのが、土取さんが生月のおじいさんのように歌ってくださって、もとはひとつだった歌が輪唱のようになってつながった。



そして、また生月の「ダンジク様」。これこそ、遠藤周作の『沈黙』の原作に出てくる歌だ。キリシタン達が処刑される時に歌いながら歩いて行く時に歌っていた歌として使われている。

これは生月の中江之島で斬首された人たちの血が海に散る花のようで、死して天国に行ける、苦難もいつか終わる、そんな魂の救いを示唆している。

歌に出てくる「シバタ山」は、謎とされているけれど、私はポルトガル語の"Chibata”「鞭」から来ているんじゃないかと思う。今行く道は、鞭打ちの山、苦難の山、涙の岬だけれども、そこを越えたら救われる・・・。



私にとって、ポルトガルへ行く土台になったのは、子供の頃に触れた長崎とカクレキリシタンの歴史だったと思う。

もし私が当時の人間なら、きっと広い世界を見たいからキリスト教になったかもしれない。ただ、命を捨てるまで全うできただろうか。どうして知りもしない海のむこうの教えに命をかけて身を投じることができたのだろう。毎年踏み絵を踏みながらも隠れて祈り続けることができただろうか。

こうも思う。当時咲き誇った南蛮文化を一度でも体験し、海のむこうに思いを馳せてしまったなら。誰にも顧みられない貧しさに身をおいて、病を看てもらい「無条件の愛」という精神を知ってしまったなら。自分の肉親が命をかけて守った祈りがあったなら。

自問しながら、長崎を訪れ、大西洋の国々につながる時間と精神をたどってきた。遠藤周作の『沈黙』はそのとき鞄のなかに、心のなかにしのばせていた本なのだ。

明日、心して映画館へ向かう。
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by miomatsuda | 2017-01-20 17:18 | ◆日々雑感/Notes
祖谷の歌「花とり」
先月、祖谷の吾橋小学校でコンサートに呼んでいただきました。校長先生が平石さんから西祖谷の民謡を取り上げたという私のことを聞いて、子供達と歌ってほしいと丁寧なお手紙をくださったのがきっかけです。
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右に見える白い建物が小学校。

日本のうたのプロジェクトは、歌を掘り起こすだけでなく、地元の方に聴いていただくのを目標にしてきました。それは、どこの国の歌も同じで、歌を育んだ土地の人にこそちゃんと伝わるような歌をうたいたいと思っていたのです。だから、今回は地元の方と一緒に歌える最高の機会をいただいたと思いました。
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クレオール・ニッポンの歌はほとんどがもう歌われていない歌、資料にしか残っていなかった歌ばかりです。そのなかで、徳島県の秘境・祖谷の歌は、歌をうたい継ぐ平石安雄さんのような方のおかげで、子供達に伝えられています。平石さんのお父様・金雄さんの代に、歌を残そうと尽力された園尾正夫さんという郷土史家がおられました。その園尾先生が、祖谷のいろいろな歌を聴いて、クラリネットを吹きながら採譜して、的確で心のこもった文章を添えて、歌が資料として残ったのです。とても貴重です。園尾先生がまとめた資料は、祖谷の民謡という小さな冊子になっていて、昔の祖谷の生活が伝わってくる素晴らしい記録です。
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そこに載っている「花とり」。
土佐から伝わったとされる古い唄で、平石さんも言葉のひとつひとつの意味をご存知ないくらい古めかしい踊り唄。しかも、男女ペアで踊るという、ほかにはあまり見られない踊りだそうです。酒宴の最後に歌い踊られ、好きな異性にてぬぐいの端(これを「はな」という)を差し出し、自分も好きならその「はな」と取る、だから「はなとり」というのだそうな。「花とり」と書かれます。私はこの歌を金雄さんの録音から知って、なんてグルーヴィーないい歌だろうと、携帯に入れてよく聴いていました。

前回のドキュメンタリーの撮影の時に、平石さんと保存会の皆さんに生演奏・生踊りを見せていただきました。平石さんの唄に合わせて、大空と山々を背景に、女性達がてぬぐいを片手にステップを踏む姿はなんともおおらかで美しかった・・・!私はぜひこの唄をうたいたい、そして子供達に踊ってほしい、と思って、平石さん、校長先生にちらっとお願いしておきました。

クレオール・ニッポントリオのリハーサルでも、聴いたみんなが踊れるような速度でやろう、6/8拍子の感覚を入れてグルーヴィーにしようと言って作っていき、ちょっとブラジルのカンドンブレのような素敵なトランスになっていきました。これでみんな踊ってくれますように!

そして、1ヶ月後、吾橋小学校を訪れました。
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まず、子供達のステージ。全校生徒10人(うち保育園2人)の歌!1ヶ月の間に、新しいレパートリーもできていました。可愛い振り付け付き「来なえ〜毎晩」(祖谷甚句)
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ステージには、祖谷のすすきなど、可愛い飾り付けもしてくれていました。

私たちのステージの最後に、アンコールで「はなとり」。ドキドキ・・・皆さんが気持ちよく踊れたら、合格です。
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イントロは亮さんのビリンバウで、ゆるやかに始めて、鶴来さんのピアノが入って、「様はエー、ヨウヤレ、行かぬか、お蔵の瀬戸へこうごめの」と始めます。
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歌いながら泣きそうになりました。目の前で、子供達と保存会の皆さんが体育館中で踊ってくれている!子供達は1ヶ月でこの踊りを習ってくれていたのです。そしてピョンピョンと飛び跳ねて踊ってくれている!私たちのヴァージョンで!
平石さんもペースもちょうどよかった、と言ってくださって、ほっとしました。
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新しい歌が、クレオール・ニッポンのレパートリーに加わりました。私にとって、地元の方々、子供達との交流のなかで生まれた理想的なヴァージョンです。
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それにしても祖谷はやっぱり奥が深い。翌日も東祖谷へ連れて行っていただいたり、書ききれない美しさ、面白さ。
民俗学のプロジェクトも進行中で、また来月も行きます!
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by miomatsuda | 2016-11-01 14:03 | ◆日々雑感/Notes
地中海、大西洋1ヶ月半以上の旅から無事に帰ってきました。

1ヶ月半、帰りのアムステルダムを入れて7カ国の旅、各地で愉快な道連れが合流し、音楽にあふれて、歌があふれて、言葉にできないくらいたくさんの体験がありました。ギリシャではサントリーニ、復活祭のアテネ、レフカダ島、とたっぷり濃厚に風景を音楽を味わい、日本語ペラペラのタソスのプラネタリウムのスタジオで愉快なレコーディングをして、小泉凡ご夫妻との合流も嬉しかった。
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10日間のクルーズではキプロス、シチリア、グラナダと短くも濃い滞在をして、リスボンに海→テージョ川から到着。
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リスボンでは住んでいた頃お世話になった下町ファドの人たちと再会し、11年の月日を憶う時間。
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カーボヴェルデのモラベーザ(温かきもてなしの心)には涙。毎日素晴らしき音楽家のお友達と音楽に溢れた生活でした。
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最終日のリスボンでは、リスボンに居た頃にカーボヴェルデ音楽の真髄を教えてくれた大歌手アナ・フィルミーノに今回レコーディングに入ってもらいましたが、涙がこぼれるモルナを歌ってくれました。レコーディングから夜中に帰りつくと、アルファーマはサント・アントニオ祭の前祝いでこの日もたくさんの人が。アパートに入る前に呼び止められて、その場でファド歌い納め。音の響きを聴きながら、ファドはやっぱりこの旧市街、その昔モウロ人が造った石畳の迷路の路地にこそぴったりなんだと思った。
https://www.facebook.com/zaida.coelho/videos/1325222527492147/

リスボン、ギリシャで録音した音源はいつか形にして出そうと思っています。とりあえず無事に帰国です。

明日は原宿でコンサート、旅したてほやほや、地中海の歌がテーマです。来週は沖縄、その後は秋田へ!帰国しても旅はとまらない!歌はとまらない!!

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by miomatsuda | 2016-06-09 15:44 | ◆日々雑感/Notes
『クレオール・ニッポン』サラヴァ東京
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18日、雨の中、サラヴァ東京にご来場いただいた皆様、遠くから応援のメッセージをくださった皆様、どうもありがとうございました。本当にたくさんの皆様にお越しいただいて、感激しました。クレオール・ニッポンの歌と世界観に共感してくださったいろいろなご感想をいただき、心に深く受けとめています。
ある日見つけた宝物を大事に磨いて、それを発表できたことも嬉しいですが、その宝物を仲間たちと時間をかけてさらに大きく育てていく過程を、多くの皆様に見届けていただいていること、本当に嬉しくありがたく思います。
今後、さらに人間性あふれる歌を地球規模に発掘して、発信していきたいと思います。
心より感謝を込めて。

写真 石田昌隆
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オオカミのティテム君のエネルギーとともに、山子歌、祖谷の木びき歌、ヨイヤラ節、すべて自然のなかで歌う幸福感を感じました。
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by miomatsuda | 2015-11-20 20:08 | ◆日々雑感/Notes
京都のライブの後に
昨日は、『クレオール・ニッポン』の京都ライブでした。メンバーは皆京都に住んでいるのに、発売後、初めてのライブだったのです。私は家に帰るのが一ヶ月に何日かというスケジュールで暮らしているので、本当に久しぶりの京都ライブでした。
たくさんのお客様が来てくださって、とても温かい雰囲気でした。懐かしい人たちや、初めて聴いてくださる皆様も、出会いに感謝します。


今回、特別に、モンゴル狼くん(ティテムくん)も一緒に吠えてくれました。狼は天の使いとしてモンゴルでも日本でも古来より祈りの対象とされてきました。大自然を司る狼と一緒に山の歌を歌うと、私ももっと歌と一体になって自由になれる気がします。

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また、今回初めてお届けしている歌は「西浦の子守唄」。これは、福岡ライブの時に主催者の友人の方が、クレオール・ニッポンを読んでくださって、ご自分が昔手に入れたという古い音源資料を届けてくださったのです。その中にあった、どこかふしぎな美しい守子歌でした。昨日、初演でしたが、いい感じです。

昨日は、某テレビ局の撮影も入っていました。いつか、ドキュメンタリー番組にしてくださるそうです。活動に共感して応援してくれる人たちがいることを折に触れて感じては、本当にありがたく思います。

次は、来週の11月18日(火)渋谷のサラヴァ東京にて、今年最後のクレオール・ニッポンのフルライブです。それまで、心を落ち着けて暮らしたいと思います。関東の皆様、ぜひお越しをお待ちしています。

また、京都では12月5日(火)14時に母校・立命館大学にてトーク&ライブです。
母校の母学部の以学館ホールにて、いろいろなお話をするのが楽しみです。こちらもよろしくおねがいします。


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by miomatsuda | 2015-11-11 13:53 | ◆日々雑感/Notes
パリのちリスボン
3月は思いがけない旅の月。

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3月10日に、フランス・パリのEHESS(社会学高等研究院)で行われた国際シンポジウムに招いていただきました。EHESSはレヴィ・ストロースが教鞭をとった学院。 
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 EHESS館内。

 
コンサートタイトルは"CREOLE NIPPON"。
つくば大学、EHESS始め社会学の研究者の方々のシンポジウムなので、このタイトルだけで「ん?」と興味を持ってくださったそうで、会場にはカーボヴェルデ・クレオール語研究の第一人者の方の姿も。

もともと予定していたカーボヴェルデ人の音楽家が来れなくなったため、急遽パリ在住のマイア・バルーと駒沢れおさんに来てもらって、前日にリハして本番。ギターでドミニク・クラヴィックさんが来てくれて、これもまた新鮮。
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クレオール・ニッポンの世界を伝えるためにとても大切にしている歌詞は、英語で暗誦してそれから演奏。「小人のうた」のペテロのくだりでは笑いがおきました。あれは、やっぱり世界的にみてもものすごくおもしろい歌なんだ!
そのほか、秋田の山子歌、相馬の原釜大漁歌い込み、レモングラスに移民節、とダイジェストに発表。
最後には、この地球上のすべての歌、人の心から生まれた歌に敬意を表して、マイアと一緒にいろいろな言語の民謡メドレー。

公演後、いろいろな分野そして国籍の研究者の方々から強い反響をいただきました。アカデミックな視点でも興味深いのもありますが、人々の生活と心から生まれた歌は、軽々と境界を飛び越えられるのです。「クレオール・ニッポンの世界はまさに今回の国際会議の狙いそのものだった」というお言葉もいただき、本当に嬉しい気持ちです。
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招待してくださった素敵なAoki familyと。

それから進路は西へ。
公演の後、フランスの北を訪ねようと思っていたら、偶然にも同じ時期にパリで写真展をしていた写真家の渋谷敦志さんと会うと、これから後輩を連れてリスボンに行くということ。私もせっかくだからフランスでぶらぶらするより帰国までの残りの日々はリスボンで過ごしたいと思い、翌日には旅の空!

夜、空港に着いてすぐに、空港の近くのカーザ・ド・ファドで友人のギタリストが弾いていたので直行。彼は私が初めてポルトガルでファドで仕事をした時に伴奏をしてくれたジョゼ・クレメンテ。いろいろなことを教えてくれた人。私も2曲歌ってきました。
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テージョ川も美しい。

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市電(electrico)もかわらず。

驚いたのはリスボンが綺麗で明るくなっていたこと。お世話になったカーザ・ド・ファドも訪ねて、いろいろな人とつかの間の再会。

たった3日しかないので、旧市街アルファーマを散歩したり、テージョ沿いを歩いたり、友人に電話して会えるだけ会ってきました。
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カーボヴェルデの大好きな歌手アナ・フィルミーノ。12年前リスボンに住んでいた頃、彼女のツアーに同行させてもらってモルナの歌い方とかいろいろ学ばせてもらった!

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最後の日、コインブラまで電車に乗って行ってきました。カーボヴェルデで会ったブラジル人研究者のグラウシア・ノゲイラに会いに。彼女はカーボヴェルデのサンティアゴ島のバトゥックという音楽についての本を発表したばかり。貴重で希少な研究者なのです。
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歴史深いコインブラ大学

その他、いろいろなお友達に会えて、しばしのポルトガル滞在を満喫しました。

帰りは、リスボンからオルリー空港へ、オルリーからパリを列車で横断してシャルルドゴールにたどり着き、締め切り時刻すれすれになんとか帰りの飛行機に間に合って、日本へ帰国。

フランスのアカデミックな場所でクレオール・ニッポンを発表して、そのあと今の自分のルーツの地、リスボンへの旅を経て、またひとつ太い柱が自分の中に立ったのを感じます。


4月にはツアーもあるので、地球規模の眼差しを忘れず、いろいろな場所でクレオール・ニッポンの歌たちを歌っていこうと志新たにしました。

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Lisboa Cidade



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by miomatsuda | 2015-03-22 18:28 | ◆日々雑感/Notes
1通のラブレターから
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 『クレオール・ニッポン』の録音が終わり、執筆も入稿した頃、鹿児島の友人が「島根に行こう」と言い出しました。島根というと松江は私が敬愛するラフカディオ・ハーン=小泉八雲の町。
 ちょうど同じ頃にテレビでハーンの特集をやっていて、曾孫の小泉凡さんが出演されていました。「ギリシャ、アイルランド、ニューオリンズ、マルチニーク、多様な異文化体験を重ねたハーンであったからこそ当時の日本のひとびとの精神性の本質をとらえることができたのではないか」というようなことをおっしゃっていて、それを聴いて涙が出ました。日本ではそういう言葉はなかなか聴くことができないからです。それから、「ラブレター」を書きました。小泉八雲記念館館長の凡さんにあてて、ハーンの眼差しにインスパイアされて、日本の歌を発掘したこと、ハーンの生まれたレフカダ島にもうすぐ行くこと、その前に松江に行く旨を書いて、CD音源を入れて、投函。
 すると、何日かして凡さんからメールが届いたのです。記念館にたまたま行ったら私の手紙が届いていたそうで、「まさにクレオール・ニッポンの音楽ですね」と書いてくださっていました。どんなに嬉しかったか!
 それから、松江へ行き、凡さんご夫妻とお会いできたのです。お話は尽きず、広がって広がって・・・・奥様の祥子さんがレフカダ島の関係者の方にも紹介してくださって・・・そして松江でコンサートを実現することに・・・・!熱くおもしろい方々が次々に登場、松江公演のためにみなさんがご尽力くださっています。そして、本当に嬉しいのですけれど、小泉凡さんがトークゲストとして出演してくださるので、私はレフカダ島の歌などハーンとつながる歌を歌いたいなと思っています。
 小泉八雲没後111年記念公演になります。
 ぜひこの特別ライブにご来場をお待ちしています!!
 
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by miomatsuda | 2015-03-07 14:41 | ◆日々雑感/Notes
2004年のファド日記
最近『クレオール・ニッポン』を発売してからいろいろな場面で、ポルトガルに住んでいた頃のことを聞かれることが多くなりました。

すると、ふと見つけたUSBの中に、2004年の日記がありました。リスボンでファドを歌っていた頃のもので、当時の感覚を なかなかリアルに書いているので、もしかしたらおもしろく読んでくれる人もいるかもしれない、と思って転載します。
(写真は元・鼓童のKaoru Watanabe リスボン公演に来た時に撮ってくれたもの

2004年2月9日付 
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 すごいものを見てしまった。
 モウラリアに、フェルナンド・マウリシオというファディスタがいた。彼は惜しくも去年亡くなってしまったが、そのファドはモウラリアのファディスタの永遠の憧れとして生きている。彼のためのコンサートがコリゼウで開かれた。
 このコンサートのことを知ったのは、ギタリストのバンザと家の近くの劇場のカフェでばったり会ったからだ。「明日来るのか」と聞かれ、あ、そういえば、と思い出し、急いでチケットを手に入れた。友達のジョアンナ・アメンドエイラも歌うし、アレッシャンドラやカティア・ゲレイロの名前もある。翌日さして大きな期待をするわけでもなく、「5ユーロでいろんなファディスタが聞ける、やったー」という軽い気持ちで出かけた。

 ステージにはバンザやヴィオラのジョゼの息子ディアゴ、そしてパウロ・パレイラなど大物が揃っていた。まず、はじめは2年前テレビで知り合ったゴンサロ・サルゲイロが歌った。いつものようにアラブ的節回しのアカペラで始まる「Grito」を歌い、「Estranha Forma da Vida」も歌った。その後はなんとマリア・ダ・ナザレが出て、そしてそのあとすぐにジョアンナが歌った。こんなに早く出していいのかなあ、一体次は誰が続くのだろうと思って見ていた。(ジョアンナの声はやっぱり麗しい!)初めて見るファディスタの人たちもいて、1曲ずつ歌っていくのだが、一人一人の個性が出ていて面白かった。中には「どうしてこんなうまい人のことを知らなかったんだろう」という歌い手もいた。フェルナンド・マウリシオの歌った詩をポルトガル一の俳優が朗読したり、マリーザのメッセージビデオが映されたり、とてもうまく進行していった。アレッシャンドラを生で聞いたのも始めてだった。「かもめ」を大声で歌っていた。Sr.Vinhoの専属歌手パトリシア・ロドリゲスが「暗いはしけ」をうまい節回しとよく通る声で歌い、今一番の売れっ子になりつつあるアナ・モウラもやはり綺麗な声で歌い、皆うまかった。リカルド・リベイラというモウラリアの歌手が歌ったときはそのビートの出し方や声のため方にすごいオーラを感じて熱くなった。それでも「やっぱり皆うまいなあ」くらいの軽い気持ちで見ていた。
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 2回目のインターヴァルの間、顔を知っているモウラリアのファディスタの人たちが客席で大声で会話しているのが見えた。それは客なのか歌い手なのかよくわからないくらいで、ちょっと笑ってしまった。「きっと彼らがファルナンド・マウリシオの歌を歌うんだろう」と予想していると、案の上次のステージで彼らがGruppo Mauricioとして6人でステージに上がった。フェルナンドの娘アナ・マウリシオも出ていた。ここからだ!本物のショーが始まったのは!
 1曲目はのど鳴らしのように歌ったあと、2曲目から彼らがすごい熱気を会場に送り始めた。私は後ろの後ろの席で歌手がとても小さく見えるのだが、彼らの熱気はそんなこと関係なく私の細胞まで入り込んでくるようだった。故フェルナンドをこよなく愛して尊敬していた彼らが1曲の詩を交互に歌った。男女6人の間でのコミュニケーションはただただ自然で、何年も一緒に歌ってきた絆が感じられた。一人歌うと、それにインスピレーションを受けたもう一人が新たな感情の炎を加える。モウラリアにしかないビートの乗り方や節回しでしごく自然にモウラリアをステージに持ってきてしまった。言葉ではあの素晴らしさは言い表せないが、まさに彼らはこう言っているようだった。
「本物のファドを知ってるのは俺たちだ、忘れるんじゃねえぞ!!」
 きっとこの間会場の誰しも息を呑んで見つめていたに違いない。このあまりにも強烈なモウラリアのファドがそこで「繰り広げられて」いるのを。あまりに激しいモウラリアの人生を!このままずっとそれを見つめていたかったくらいだ。本当に久しぶりにファドで涙が出た。まさに、凄いものを見てしまった。

 それからもう一つ驚きがあった。なんと、カティアの代わりにドゥルス・ポンテスが歌ったのだ。会場はどよめいてドゥルスを迎えた。生で彼女の声を聴いたのは初めてだったが、さすがの声だった。高音がどこまでも広がっていくような遠心的な声だった。1曲だけ歌ったのがさすがアマリアのではなくて、カスティソ(*庶民のうたう伝統)のファド。誰とも違う声の魔力にひたった。彼女が歌ったあと、皆もう終わりだと思って席を立とうとしたとき、カルロス・ド・カルモが登場。フェルナンド・マウリシオの十八番だった「聖エステヴァン教会」を歌った。でもあのモウラリアのグループの後では迫力も熱気も足りない気がした。彼の軽いシャンソン風ファドはこのモウラリアのファディスタの追悼コンサートの最後を飾るのには、あまりそぐわなかったのかもしれない。

 会場を出たあと、あのモウラリアのグルーヴが体の中で回って、いろいろな考えが頭を巡った。感動を呼ぶ歌は人それぞれで、どれがどうとは到底言えないけれど、この夜涙が出たのは、モウラリアの彼らが、彼らの人生を、モウラリアの伝統を、この地区のやり方を、これでもかとばかり体中から会場にぶつけていたからかも知れない。昔から売春や麻薬と結びついていた被差別地区の者の「こんちくしょう、俺らをなめんなよ」というようなエネルギー、そしてファドが生まれた地区の者の誇りを、売れっ子の歌手なんかには目もくれずに歌う姿はとても美しかった。(でも道で会ったら喧嘩したくないなあ。)彼らの伝統は消えずにずっと続いていってほしい。
 モウラリア新参者の私はこの古い街に敬意を表して、まだ酔いながら105段の階段を上り家路に着いた。モウラリア万歳!
                      (リスボン日記より)
    
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私は、当時モウラリア(モーロ人の街の意味)というファドが生まれたと言われる街に住んでいました。庶民のファドも暗いとか明るいとか一概に言えず、アルファーマやモウラリア、バイロ・アルトなど街によって感じが違っていて、私のいたモウラリアは一番やばくてディープでした。
モーロ人の作った迷路のような石造りの街に、地方からの出稼ぎ労働者、ロマ、船乗り、解放奴隷、ブラジルからの移民などさまざまな出自の人々が人生を刻みました。モウラリアはまさにクレオールの街で、この下町のやくざな世界が醸し出すものこそが、ファドの生まれた原点なのです。その原点を当時体得したいがためにモウラリアに住んだのでした。住んでみたら、大変だったけど。

どうしてファドの歌手と言われた私が、日本の伝承曲をテーマにCDブックを作ったのか。こうして昔の日記を読むと、モウラリアにファドの原点があるように、日本の多様な歌の原点を探したかったんだと思います。歌が教えてくれることが多々あります。

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(サンジョルジュ城からは我が家が見えました)

さて、明日からギリシャへ。久しぶりの完全なるプライベート旅です。
『クレオール・ニッポン』の冒頭でも言及したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の生まれた島に行きたい、彼が聴いたかもしれないイオニア海の歌を知りたい・・。そんな情熱がかなって、ハーン4代目の小泉凡ご夫妻からレフカダ島の素晴らしいコンタクトをいただいてもう心はイオニア海フィールドワーク・モード!きっとまた歌を探し(出し)てしまう!

帰国後もいろいろなイベントが目白押しです。お土産歌を楽しみにしていてください。

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by miomatsuda | 2015-01-16 01:28 | ◆日々雑感/Notes
すっぴんな声
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今朝、NHKラジオ第1の番組「すっぴん!」におじゃまして、作家の高橋源一郎さん、アナウンサーの藤井彩子さんと小一時間たっぷりお話しました。朝から、すっぴんなアカペラも。
高橋さんはご自分でもクレオール・ニッポンを購入いただき、蘇る歌の物語を深くしっかりと受け止めてくださってCM中も話は尽きず。あらためて、意義を再確認できました。リスナーの皆さんとのリアルタイムなやりとりもよかった!お聴きの皆様ありがとうございました。
「クレオール・ニッポン うたの記憶を旅する」 CDブック、よろしくお願いします。
ライブもこれから続々と。
2/15 豊中
2/23、24 東京にてトークライブ
3/1安曇野
3/26仙台
4/4兵庫
4/5岡山
などなど予定。
ぜひお聴きください。

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by miomatsuda | 2015-01-09 14:42 | ◆日々雑感/Notes
A HAPPY NEW YEAR 2015
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明けましておめでとうございます。
京都は元旦の夜明けからしんしんと雪が降り積もりました。

昨年は、日本のうたを通じて、日本と世界のいろいろな場所・人々と忘れえぬ出会いがありました。
今年はその出会いをさらに育てて、CDブックに書いたストーリーの新たな続きを各地で紡いでいきたいと思います。

すでに、お正月からとても嬉しいお知らせがありました。「移民節」とその作詞者・佐々木重夫さんについての記事が、彼が百年前に生まれた故郷、宮城県の大崎市古川の地元紙「大崎タイムズ」のお正月の第一面に載ったとのこと。佐々木重夫さんが遠くブラジルから夢見た故郷・古川のみなさんにあの詩を知ってもらえることは、何よりも嬉しいことです。
そして、佐々木さんをはじめ、遠い地へと海を渡った人たちのたくましさは、時空を超えて現代の私たちの心のなかに勇気を奮い起こすと思います。今年は、ブラジルと外交関係樹立120周年にあたる年。日本とブラジルという二つの故郷を生きた人々とその人生から生まれた歌について、広く知られるきっかけになってほしいと思います。

今年も、世界中の歌とともにあった人、人とともにあった歌の物語を伝えていきたいです。
皆様ともたくさんご縁がありますように。

本年もどうぞよろしくお願いします!!

(写真 中村冬夫)

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新年も、絶賛発売中!

『クレオール・ニッポン──うたの記憶を旅する』
A5判タテ・上製・80頁(カラー24頁)
定価:本体3500円(税別)
発売:2014年12月15日
ISBN978-4-86559-115-6
イラストレーション:渡辺亮
写真:Adeyto、畠山浩史
デザイン:有山達也+中島美佳(ariyama design store)






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by miomatsuda | 2015-01-02 00:55 | ◆日々雑感/Notes