松田 美緒のオフィシャル・ブログ MIO MATSUDA's official blog
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言霊 
 夏日だ、真夏だ!ノースリーブで風をきってあるく幸せ。
 
 5/7に、六本木サテンドールのボサノヴァライブにToyonoさんとNobieさんと一緒に出演させていただいた。バンドも精悦ミュージシャンばかりで、歌手のおふたりもかっこよくて、個性が違っていて、楽しいセッションだった。

 サテンドールでは、ジョビンの曲などを歌ったけれど、よく考えたら、ボッサはそんなに歌っていないなあ、といろいろ聴き直した。そこで思ったのは、あのボッサの気持ちよい言葉のサウンドは、やっぱり、ポルトガル語の詩の言霊がリズムと音符になって紡ぎだされているのだ。ポルトガル語ってなんて魅力的な言葉だろう、といまさらながら思う。そして、ポルトガル語の詩の伝統といったら、なんて深いのだろう。ジョアン・ジルベルトは、ギターの音魂と言霊がオーケストラを奏でる。詩がさらさらと心に像を描き、胸が熱くなる・・ブラジルの温もり。リズムだけがボッサノヴァでも、言葉が音に合ってないと、どうもガイジン感がする。それはそれで素敵なのだけど、やっぱりポルトガル語だと、つい耳をそばだて歌詞を聞いてしまう。

 カエターノ・ヴェローゾが、ファドを歌っているのを聴いた時、ポルトガルの多くのファド歌手がいくら大きな声量で、運命の慟哭を表現しても、超えられないものがあると思った。カエターノの存在自体のすごさもあるけれど、ポルトガル語の詩が、音量は低くても研ぎすまされた声で矢のように、心に突き刺さるのだ。リスボンの庶民の間では、ファドを「歌う」より「語る」ことに重きを置いている。これは、ポルトガル語の本質なのかもしれない。カエターノが、自身のブログで、男性ファド歌手のAntonio Zanbujoが大好きだと書いている。確かに、彼をリスボンで聴いた時、カエターノに通じるものがあるなと思った。ブログでは、カエターノにとってポルトガル語で聴くことがどんなに大切かが、書かれている。

 私は、ポルトガル語の詩の世界を旅してきたのかもしれない、と思う。果てしない詩の海。この言語が好きだ!!!!!!!ポルトガル語を愛している!!!!!!!もっと、勉強しよう。もっと詩を大切にしよう。

 そんなこともあり、今度のプラッサオンゼ(6/8)は、ササジイこと笹子重治さんと二人だけで、詩を紡ぎたいと思う。前回のように、あんまり跳んだり跳ねたりせず(笑)、じっくり大好きな歌を詩を大切に歌いたい。"Molambo"とか"Eu Te Amo"とか・・思わず書きながら歌ってしまうような、はあー、いい曲ーーー!!
 さあ、何を歌おうかな、心弾む今日このごろ。
 

  
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by miomatsuda | 2009-05-11 20:32 | ◆日々雑感/Notes
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