松田 美緒のオフィシャル・ブログ MIO MATSUDA's official blog
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鼓童・アースセレブレーションのこと
 ブラジルから7月末に帰国し、今年一番の大仕事となった鼓童のアースセレブレーション出演。あまりに感動が大きすぎて一筋縄では書ききれない思いがあって、時間がたってしまった。1月3日にBS2でそのドキュメンタリーが放映されるので、その前に一筆。
 鼓童の皆さんと初めてお会いしたのは、リスボンでのことだった。とあるお方から、鼓童がポルトガルに行くので、どこかおもしろいところに連れて行って欲しいと言われ、喜んで下町のカーザ・ド・ファドにお連れした。その夜は、ポルトガル生活で一番印象に残るくらい楽しい夜で、大太鼓の藤本さんがアルファーマの小さな店バイウーカで、「貝殻節」を歌ってくれたり、アルジェンティーナ・サントスという大御所のファディスタの店で、じっとしていられない鼓童ドラマーたちが皿を叩き始めたり、と本当に素敵な夜だった。はしごにはしごを重ねて、明け方4時にまだバイロ・アルトにいたのを覚えている。
 
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(2004年バイウーカで貝殻節を歌う藤本さん)

 そんなふうに素敵な出会いをした鼓童の皆さんと、まさか共演できる日が来るなんて、思ってもいなかったけれど、佐渡島に遊びに行ったり、日系アメリカ人で笛奏者の渡辺薫さんとライブをしたり、音楽や世界のことを話し合ったりしていたのが、今回の素晴らしい共演へつながった。お客さんは少なかったけれど、ものすごく密度の濃かったライブをしたのが、きっかけになったのかもしれない。
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(演出を手がけたKaoru Watanabe)

 アースセレブレーションは、今年で20周年を迎えた。山下洋輔さんはもちろん、ジョヴァンニ・イダルゴ、ザキール・フセイン、タマンゴ(タップダンス)なんて凄い人たちが出演。私はその話が来たときから、心の準備を始めていた。まず、今回のECの演出をした薫さんと構成のことを話し合ったり、(彼のセンスは本当に素晴らしいのだ)曲目を決めたりする作業を、ブラジルにいるときから始めた。彼が「フィナーレでボッサノヴァを1曲山下さんとデュオで」と言ったとき、フィナーレを飾るべき強い普遍性とメッセージ性を持ったボッサノヴァの名曲は、ジョビンの"Se Todos Fossem Iguais A Voce"(すべての人があなたのようだったら)以外に浮かばなかった。事実、そうなった!鼓童のフィナーレをジョビンの名曲が飾ったのだ。
 そして、1曲太鼓と歌だけで、カーニヴァルのような明るいテンポの曲を、と言われたので、「マラカトゥ」がいいと思った。実は、鼓童を初めて聴いてから、レシフェのカーニヴァルに行って、日本の太鼓とマラカトゥはすごく合う、と確信したからだ。特に、あのアルファイアに和太鼓の低音が当たれば・・。自分自身それを聴いてみたかったので音源を送ると、薫君はすでにそれをもう持っていた。さすがだ。しかも、鼓童は、アイルト・モレイラにひととおりリズムを習っていた。堀つばささんがアレンジしてくれることになった。ちょうどブラジルにいたので、ジョアン・リラに新しいマラカトゥを作ってくれないか、と頼んだら、それから数日後インスピレーションにまかせて美しい曲"Resplendor"を作ってくれた!この曲に、私が佐渡でポルトガル語の詩をつけた。
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(旅館・花の木から見える田園風景)
 佐渡島で過ごした1週間は、まるで3か月分くらいの密度濃い時間で、今までの人生の大事件のひとつだった。旅館「花の木」の玄関を開けた瞬間、そこに居るザキール・フセインとジョヴァンニ・イダルゴを見て、気絶するかと思った。本当だ、本当だったんだ!平静を装いながらも、感激で声も出ない私に、ザキールが「あなたがMioさんですか、私はザキール・フセインという者です」と丁重に優しく声をかけてくれ、ジョヴァンニが「君がMioかい!すごく楽しみにしていたよ!僕はジョヴァンニ!」と親しげに挨拶をしてくれた。ドキドキしながらも、すぐに打ち解けて、超ラテンで話の長い天然、天才のジョヴァンニの極めてスムーズな合図で、リハーサルが始まった。何を歌うんだい、というからジョビンの曲を歌うと、「じゃあ、ここから僕が入るからね」とちゃぶ台を叩き始めた。そこに、仏領ギネア出身のタップダンサー、タマンゴがもうひとつリズムを箸で刻み始め、ついにザキール・フセインも。こんなことが毎朝、朝食の席で行われて、緊張なんてまったく溶けてしまった。
 なんて幸せなんだろう、歌手としても感動するけれど、こんなすごい3人が箸で皿を演奏するところに居合わせるなんてなかなかないだろう・・(しかもすごい複合リズム)。部屋に戻ると、隣の部屋からは世にも美しいインドの弦楽器サーランギの音が響き、思わず練習中のディルシャード・カーンの部屋を訪ねてしまったほどだ。
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(ジョヴァンニ!)
 毎日、「音楽は聖なるもの」それが当たり前の前提である人たちの中で、安心しきってはしゃいでいた。そして巨匠達は真の人格者で、若い私に心からの励ましをくれた。佐渡の大自然というまた別の状況のなか、会話やたたずまい、態度から、人間と音楽と自然の結びつき、音楽家としてのあり方を清々しく伝えてくれた。

 「僕は何も知らない。まだまだ多くを学ばなきゃいけない。僕らはいつもあきらめないで学び続けていかなくちゃいけないんだよ。そして、音楽家は音楽という方法で、現代のおかしい社会の中で、人間のあり方を訴え続けなきゃいけない。愛こそが最も大切なものなんだよ。」
 そう熱く語ったジョヴァンニの言葉が熱い余韻を心に残している。心の中で、水遣りを忘れていた芽に、清き水をかけてくれた、そんな言葉だった。

 「自然の中にいると、靴音が聴こえてくる。ほら、あの木の緑は他の緑と違う。そして、あのくぼんだ岩、海に続く石の群。すべてタップで聴こえてくるんだ。タカタカタン、タタ、タカ・・・自然は大いなる音楽だ。僕のタップはそれを表現するんだ」
 タマンゴのこの言葉も、衝撃的だった。だから、彼のタップは色彩豊かで、力強いが、とても優しい。決して大地を蹂躙しない。大地を描く筆のようだ。
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 シルクロードを超え、海峡を超え、壮大なスケールと緻密な構成で繰り広げられた2日間の舞台を、純粋に観客として見たのち、3日目の舞台が始まる。リハーサルは当日の昼間だけ。山下洋輔さんに初めてお目にかかった。譜面のキーが違っていたというハプニングがあったものの、リハーサルのときから楽しくて楽しくて、飛び上がりそうだった。ジョビンの曲の始めを山下さんと私が即興で合わせて、それにタマンゴが踊り、ジョヴァンニのパーカッションが入る。やがては鼓童、金子竜太郎さん、ザキールもそれぞれソロを取る・・。最後はどんどん盛り上がり、倍速になり、またテーマに戻る。どうなることかと思ったけれど、マスターたちとの音のやりとり一秒一秒に心弾んだ。
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(メンバー総動員のたいへんな状況をまとめる薫さん)
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(世にも楽しいリハ!)
 
 ついに本番。3050人の観客(ECで過去最高)が見守る城山の舞台。山下洋輔さんとタマンゴの片時も目を離せない即興の後のフィナーレ、ジョビンの曲は、夢のようだった。ソロを回した後、倍速になる最後"Existiria verdade, verdade que ninguem ve, se todos fossem iguais a voce"「真実が存在するだろう、誰も見たことのない真実、すべての人があなたのようだったら」のフレーズも、薫さんの(もちろん全員の)狙い通りに決まり、会場がひとつになっていた。恍惚とした瞬間がまだ体に余韻として残っている。
 鼓童の方々の太鼓も小島千絵子さんの踊りも、藤本蓉子さん、砂畑好江さんの歌も山口基文さん、薫さんの笛も、琉球舞踊の展開も、月夜のザキール・フセインとディルシャード・カーンのインド音楽も、ジョヴァンニのソロも、すべてのパフォーマンス、コラボレーションが素晴らしくて、こんな方々と一緒のステージに楽しく立てたことに心から感謝した。世界中の素晴らしいアーティストとジャンルを超えて共演したい、そんな夢が今回思いがけなくかなった。
 そして、そんな共演を緑の芝生の上で鮮やかに解き放つ鼓童の人たちの信念の深さはすごいものだと思う。城山公園の緑の中のステージは、まったく違う次元で音楽を感じさせる。まさに大地の一部の私たちが、地球の恩恵にあずかって、広大な宇宙へと、人の心の奥底へと太鼓を打ち、音を奏でる・・。私が宇宙人だったら必ず聞きにきているはず。あの舞台では誰もスーパースターではなく、見ている人、演じる人、作っている人みんなが主人公になるのだ。
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(月刊「鼓童」10月号より)
 舞台が終わり、余韻に浸りながらの打ち上げも終わりに近づく頃、タマンゴが外に出ようと言い、みんなで出てみると、静かな夜空に雷鳴が光っていた。音もなく、光が空に舞っているのを見て、これは今日へのご褒美じゃないか、と思った。美しいエネルギーに満ちたステージだったから、宇宙は何かしらサインをしてくれているはずだ。それとも、雷の神様シャンゴーの息子ジョヴァンニが呼んだんだろうか・・。(八百万信仰の私は何でもありがたがる)。子供のように、みんなで手をつないで地面に寝そべって、幸せな気持ちで、雷鳴が走る夜空を見つめた。
 
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(ありがとう、大先輩達!!絶対に会いに行きます) 

 翌日、EC恒例行事で、帰っていく観客の皆さんの船を、鼓童が港で見送るという、カーニヴァルの「灰の水曜日」的な感動的なイベントに参加した。ぎゅうぎゅうになった船にむかって、3日間のテンションによってよりグルーヴィーになった太鼓がいつまでもいつまでも響き、踊り踊る。私も竿をもらって踊っていると、なんだかカーニヴァルのPorta Bandeira(旗持ち)になった気分で、感無量だった。あれを見た人たちは、きっと来年も戻ってきたくなるに違いない。あとで聞いた話によると、ジョヴァンニもタマンゴも船の中でパーカッションの大団円を繰り広げていたらしい。まるで宝船だ。
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 そのあと、衣装デザイナーの時広真吾さんと付添ってくれたHarcaと3人、ドライブに出かけた。今回、初の大舞台を踏む私を助けてくれたのが、時広さんの衣装だった。私が着せていただいたのは、鮮やかなターコイズブルーのグラデーションのドレス。このドレスの威力はすごい。時広さんの衣装は命があって、大舞台になればなるほど威力を発揮して強烈に青くきらめいていた(らしい)。
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(時広さんいわく、「海の女神が造らせた」ドレス  写真:八雲清麿)
 時広さんと初めてお会いしたのも、渡辺薫さんが一時帰国するときのパーティーだった。そのとき、いただいたポストカードで布が風にはためく写真を見て、これを着て歌いたい!と思い、それから2年、いつも仲良くしてくださっている。そんなご縁もあり、今回、佐渡の海をバックに写真を撮ろうということになったのだ。晴天、凪いだ海、絶好の撮影日和だった。やがて日が落ち、金色に染まる海はまさに幻想の世界だった。
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 時広真吾さんは、今、鼓童の舞台の衣装を手がけていて、どんな世界になるのか、興味津々だ。

 3か月分、いや3年分くらいの思い出と感動、インスピレーションで胸をいっぱいにして、佐渡の小木港を出港した。こんなに豊かな「祝祭」に参加できたことは、私にとって一生忘れられない体験になった。すべての出会いや再会に感謝した。
 それから少し後の8月31日には、薫さんプロデュースのイベント"Resonance"で、タマンゴのタップとデュオで「小さな空」を歌ったり、書道家の柿沼浩二さんやチェロの坂本弘道さんととても面白いコラボレーションをした。こんなふうに違うジャンルの人たちとひとつの表現をしていく挑戦をこれからも続けていきたいと思う。無限の表現の可能性・・そんな世界への扉を鮮やかに開いてくれた「祝祭」だった。
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写真:Harca
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by miomatsuda | 2007-12-09 22:40 | ◆日々雑感/Notes
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